声に出さないけど思っていること

オセローのロゴタイプにたいそう魅了された話

ほぼ毎日通る駅に、異彩を放つポスターがある。

見かけるようになってからひと月ほど経とうとしているのに全然飽きない、それどころか毎回見つめてしまう。

新橋演舞場で公開中の「オセロー」のポスターである。 

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出典|https://www.shochiku.co.jp/play/schedules/detail/2018_othello/

 

最初に目に入ったのは、褐色の肌のおそらくオセローと思われる男でも、檀れいさんの美貌でも、役者陣の顔や名前でも、ましてや音楽:松任谷正隆の部分でもなく、

左下、「オセロー / Othello」のロゴタイプだった。

鎖のように連なるカタカナとアルファベットが、不穏な空気を放っている。

ビジュアルとこのロゴタイプとがお互いをより妖しく、魅惑的にしていると感じてしまう。

 

もうずっと目が離せなくなって、毎朝駅で見かけるだけでは飽き足らず、松竹さんのサイトに訪れ他のバージョンのビジュアルなど調べ始める。

すると、あろうことか、横組みのロゴタイプが現れた。

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出典|https://www.shochiku.co.jp/play/schedules/detail/2018_othello/

 

これまた目の離せぬ、息を飲む組み合わせである。

こういう組み合わせや構造をなんと表すかと考えて、「タイポグラフィ」でも「文字組み」でもなく「アーキテクチャ」というのが一番しっくりきた。

 

で、自分の中でふつふつと煮えくり返って蒸発しそうなこの美しさをいかにかして蒸発させずに味わい堪能するかを考えて、自分で作ってみるに至った。

百聞は一見にしかずである。

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手を動かす

実際に手を動かして、まず、見ているだけのときよりも興奮が増幅した。

以下、私がこのロゴを愛でるだけのセクション。

 

01|フォント(カタカナ)

同じフォントを持っていなかったため「似ている」フォントを探すところから。

私が使ったカタカナは、小塚明朝B

小塚明朝Bについて気付いたこと:

・小さい文字や長い文章には向かないけれど、ロゴとしては強い存在感を持っている

・自分自身がB(=Bold、太字)をあまり使わない(おそらく、前述の強い存在感を扱う術を自分持っていないと感じている)

 

02|フォント(アルファベット)

私が使ったアルファベットは、Charter Roman

こちらも同じフォントを持っておらず、

オリジナルロゴはもう少し太いとわかるものの、

太さがちょうどよいフォントはタイプフェイス(書体、文字の形)が違っていた。

フォントリストを何往復も見て、このCharterに落ち着いた。

Charter Romanについて気付いたこと:

・起筆が角ばっている

・文字のコントラストが低い(=太いところと細いところの差が小さい)これがオリジナルロゴと大きく違う点

・垂直線を意識している?(「t」の1画目や「e」の水平線から曲線に変わる角の部分の直線部分の長さが気になる)

 

03|文字間

・オリジナルロゴのカタカナは、太字の存在感に加え、文字同士の間の距離が極端にツメてある。

 これが、ロゴの圧迫感や威圧感を強めているように思う。

・対してアルファベットは、たっぷりとした曲線やセリフの形に優雅さを感じる反面、

 垂直線の太さと水平線の細さの差に芯の強さと繊細さの二面性を感じた。

・さながら、カタカナの「強い存在感」「圧迫感」「威圧感」がオセロー自身を、

 アルファベットの「優雅さ」「芯の強さ」「繊細さ」が檀れいさん扮する女性を思わせる。

ちなみにオセローの物語はあらすじさえも知りませんが、お許しを。。

 

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文章と画像が遠くなってきたので再度添付。既出画像と同じもの。

 

04|カタカナとアルファベットのアーキテクチャ

・タテ組は、カタカナがアルファベットより15%ほど大きい。

・ヨコ組は、同じ大きさに見えるようカタカナがアルファベットよりもほんの少し小さく調整されている。

・長音記号「ー」は、タテヨコともにかなり長めに手が加えられている様子(もしくはそういうフォントを用いたか)。

・その長音記号に絡まる小文字「o」が、絶妙。

・いや、小文字「o」を長音記号「ー」が貫いていると表現する方が正確かもしれない。

・タテ組で、カタカナ「オ」と小文字「t」、カタカナ「ロ」と2つめの小文字「l」が線を共有しているのがけなげ。

・ヨコ組で、「オ と O」、「セ と th」、「ロ と l」の同じ音同士がお互いを共有しているのがたまらない。

 制作者の方がこの表現にゆきついたとき、さぞ口元の緩んだことだろうと察する。

 (調べたものの、どなたが手がけていらっしゃるものかは不明)

・小文字「e」のカタカナへの絡まり方はタテヨコともにクール。

 起筆の細い水平線をロゴの手前に持ってくることで背景のカタカナを邪魔しないまま存在している。

 

さいごに

一番残したかったのは、03にて記載した、カタカナがオセローの強さを、アルファベットが女性の美しさを表しているのではということ。

両者(カタカナとアルファベット)の「知恵の輪」のような構造が、人物個々人や人間関係の複雑さを示していると思う。

そういう目でこの記事の1枚目に載せたメインビジュアルと思われるポスターを見返すと、

真白の女性の後ろに褐色の男性が重なり、その後ろで黒服の男性が赤色の糸を構えているという構図。

冒頭に書いた通り、ビジュアルとこのロゴタイプとがお互いをより妖しく、魅惑的にしていると感じてしまう。

今は褐色の男性の背面にある赤い糸が、前面に現れるのだろうか。

 

ちなみに、「Othello」公開は本日2018926日まで。

終わるということは、始まるということ。

次の演目のポスターも楽しみである。

 

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6月30日に考える「因数分解」のこと

本日6月30日、私にとっては上半期最終日である。
かみはんき【上半期】
一年を二期に分けた場合の前半の六か月。上期。

 

学生時代、私の上半期は4-9月だった。
会社員になり、会社の会計年度が12月なので私の上半期は1-6月になった。
 
今日はその6月30日が持つイメージについて書いてみる。
この記事に登場する日付
2月10日
4月20日
5月10日
6月30日
 
さて
本題に入る前に少し寄り道をしたい。
もしかしたら私はこの話をしたかっただけかもしれない。
 
大学4年で就活をしていた時のこと。
とある会社の面接にて、当時やっていた学習塾のアルバイトに対してこういう問いかけをいただいた。
 
「そのアルバイトをして、あなたが先ほどおっしゃった“生徒さんと喜びを分かち合う瞬間”というのは具体的にどのようなものですか」 

 

それほど掘り下げてもらえると思っていなかった私は、一瞬ためらい、
「少し長くなるかもしれませんが」と前置きの上答えた。
 
数学を教えている時のことです。
相手は高校一年生で、教えていたのは「因数分解」の章でした。
ちょうど「展開」を学習し終えたばかりだった彼は、ふいにペンを置き私に問います。
『ねえ、この間せっかく式を「展開」してカッコから救出したのに、どうしてまたカッコで閉じこめちゃうの』
私は驚いて彼を見つめ、同じくペンを置いて考え始めました。
その時の私の説明はこうでした。
 
-----
 
たとえば、10という数字を考えよう。
足し算だと、
「5+5」とも、
「1+2+3+4」とも、
「1+1+1+1+1+1+1+1+1+1」とも書ける。
負の数もあるから、書き方は無限にあるよね。
でも、掛け算だと、
「2×5」
「(-2)×(-5)」
これだけ。2通りだけで表せる。
だからきっと、数の世界を理解しようとするとき、足し算じゃなくて掛け算で考えることが、数が与えてくれた通り道なんじゃないかな。
この間まで一緒にやった「展開」は、なんだかよく分からないものを足し算の形に直して、要素を見つけてあげる作業。
でも、中身がわかったら、数が一番美しく見える形、掛け算の形に戻してあげる。
その時の方法が「因数分解ということ、だと思う。
 
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手を顎に当てたりこちらを覗き見たりしながら私の長い話を聞いていてくれた彼は、私が話し終わるなり、
「ああ、なるほど、まだ感覚だけど、そうなんだ。掛け算ってきれいなんだ。うん、なんかわかったかも。」
と言って明るい表情になりました。
そのときほど生徒と心を通わせた実感を持てたことはありません。
この体験が、物事を深く考えることと、それを伝わるまで伝えるのとの良さを、私に教えてくれました。

 

私の「癖」
いつからか、街中で数字を見つけると「素因数分解をするのが私の癖になった。
それは、どんな数でも割り切れない「素数に美しさを感じるからであり、
何かで割り切れる数を見つけるとその数たち同士が家族であるような親密さを感じるからでもある。
 
先のアルバイトの体験が、
・何か複雑に見えるものをカッコの檻から出してあげて、シンプルになったひとつひとつをよく見る
・そうして中身がわかったら、カッコの部屋に戻してあげる
そういうことを私に根付かせたのだと思う。
 
ナンバープレートと素因数分解
ここからが上半期最終日に考えた話である。
街中で、ナンバープレートが「210」の車を見つけたとする。
私の頭の中で以下のような式が浮かぶ。
210 = 2×3×5×7
 
何気ない数字が、最初の4つの素数の掛け算で表せることに気付く。
数字を日付に変換するのがすきな私は、したがって2月10日が特別な日付に思えてくる。伯父の誕生日である。
 
つぎに、この210を2倍にしてみる。
420 = 210×2 
 
4月20日素数との親密さを帯びてくる。友人の誕生日である。
 
つぎに、210を3倍にしてみる。
630 = 210×3
 
6月30日も素数との親密さを帯びてくる。上半期最終日、本日である。 
 
210と、420、そこから連想される2月10日、4月20日を節目として、
6月30日が上半期を美しい素数の積のチェーンで結びあげてくれることになった。
 
私にとって6月30日は、そういう日である。
 
発展させる
先ほど、1つ目から4つ目までの素数を掛け算した。
もっと掛けてみるとどうなるだろうという好奇心に駆られる。
 
2×3×5×7 = 210
2×3×5×7×11 = 2,310
2×3×5×7×11×13 = 30,030
2×3×5×7×11×13×17 = 510,510(※)
2×3×5×7×11×13×17×19 = 9,699,690
 
4行目の(※)で示した数字も、例によって5月10日と関連付けてしまう。
けれども先の3つの日付とは違い、もっと大きな強さやエネルギーを感じる。
なんせ510ではなく51万510である。
 
まとめ
・ある数や式の中身や要素を理解したい時は足し算の、その数や式を書き表す時は掛け算の形で書き表す。
・同様に、何か複雑に思えることを理解したい時は要素を分解して足しあわせ、それがわかったら共通部分をまとめて掛けあわせ、元の形に戻してあげる。
・2月10日、4月20日6月30日は4つの素数の掛け算で結ばれた節目の数。本日、その最終日。
 
 
想定外の梅雨明け宣言。
7月は夏休みをいただいてドイツへゆく。
帰ってきたら、その経験もストックしたいと思う。
 

2月20日の「友愛数の日」に考えたこと

前回の更新から、季節が変わり、年が変わり、大雪が降り、日が延びた。

今日は、私が数字好きを自認できるきっかけとなった数、「友愛数」について書いてみようと思う。
毎度のことながら語調や文体を忘れている。
 

出会いは本

多くの人が読んだこと、もしくは聞いたことがあるであろう「博士の愛した数式」を私が読んだのは初版刊行から10年ほど経った大学2年(2013年)のこと。
良いと聞いていたものの天邪鬼精神が発動し、「自分がなんとなく好きを感じている数字が、この本を読むことによって覆されたらやだな」とやんわり思っていた。
けれども、そんなことはなかった。
博士と、家政婦と、その息子を通して、数の壮大な世界が日々の生活の中にすとんと腰をおろす、読みやすく優しい物語だった。
 
その中で、家政婦の生年月日と博士の腕時計の文字盤裏の番号が友愛数の関係にある。
 

友愛数との対面

数の世界の多くは、1つの数字をさして「○○数」と名付けられているが、
友愛数は特別な関係を持った“2つの”数字をあわせてこう呼ぶ。
 
その関係を話す前に、一番小さな友愛数を挙げる。

220 と 284

「一番小さくて3桁?」と思うかもしれない。私は思った。
この2つの数にどんな関係があるというのだろう。
 

友愛数とは

友愛数の約束ごとは、片方の数の約数の合計が、もう片方の数とぴったり一致するというもの。
実際に約数を書き出し、足してみる。

220の約数:1, 2, 4, 5, 10, 11, 20, 22, 44, 55, 110, 220
220以外を全て足すと、1+2+4+5+10+11+20+22+44+55+110 =「284」
 
284の約数:1,2 ,4, 71, 142, 284
284以外を全て足すと、1+2+4+71+142 =「220」

つまり、
220の約数の和が「284」、
284の約数の和が「220」と、
お互いがお互いに密接にかかわっているということなのだ。
 
おそらく、すこしわかりにくいかもしれない。
けれど、そのこと自体が友愛という名前にあっているように感じる。
 
自らと何かを関連付けるとき、その共通部分を探してほっと嬉しくなるような経験は誰しも密かに持っていることと思う。
秩序ある数字の世界にも、特別な性質があって(そう人間が思いたいだけで数はただそこにあるだけだが)、なんだかたいへん嬉しかった。
 

博士の言葉

前述の著作に登場する博士は、「友愛数」のことをこのように表現している。

見てご覧、この素晴らしいひと続きの数字の連なりを。220の約数の和は284。284の約数の和は220。友愛数だ。滅多に存在しない組合せだよ。フェルマーだってデカルトだって、一組ずつしか見つけられなかった。
 
神の計らいを受けた絆で結ばれ合った数字なんだ。美しいと思わないかい?君の誕生日と、僕の手首に刻まれた数字が、これほど見事なチェーンでつながりあっているなんて。

博士の愛した数式小川洋子著 |新潮文庫|32頁

 

友愛数」と関わりの深い数

数の性質を話すにあたり「約数」と「約数の和」が出てくるのはやや複雑なイメージがある。
けれど、この方法で名前がつけられた数は他にもあり、そのひとつが「完全数」である。
こちらは、約数の和が自分自身とぴったり同じになるという性質だ。
 
以前こちらに記事を書いたので、お時間のゆるす方はぜひ。

6月28日は「完全数の日」
そして今年の「完全数の日」が終わる

書いてからもうすぐ1年になるのだな。

 

実のところ

2月20日は私の父親の誕生日なのである。
今年は父母と3人でイタリアンを食べに行った。
 
いつか、2月20日(220)の日に、「284」に関わるものをプレゼントしたいと思いつつも、なかなかひらめかない。思ってから5年も経ってしまっている。
・284円のもの?(珈琲1杯もごちそうできないのでは)
・ロウソク284本?(ケーキ燃えちゃう)
・製造番号が284の時計?(父は母がプレゼントした時計を長年使っている。愛にはかてない)
 
もしも2月84日があったら、私は勝手に運命を感じてしまっていただろう。
2月1日を1日目として計算したら、4月25日が84日目にあたるようだった。
 
けれど、サプライズで登場したデザートプレート(苺のシャーベット、ガトーショコラ、あずきのチーズケーキ)とHappy birthdayが流れ続けるオルゴールに、想像以上にはしゃいでいたからよかった。
 
話を戻そう。
 

友愛数の日」に考えたこと

毎年そうだが、この日は何かペアのものが特別に思える。
すれ違うカップルや親子だけではない。
 
朝、歯ブラシと歯磨き粉。眼鏡ケースと眼鏡。赤信号と交差点に溜まる人。
昼、食後のコーヒーカップとソーサー。公園とベンチ。
夜、銀座の蔦谷書店とスタバラテ。ドラムスティックとスネア。
 
好きなものを線で結ぶ感覚は、とても心地よい。
すでに線で結ばれているものを発見する感覚も。
それが少々強引であっても、自分を幸せにしてしまおう。
 

まとめ

・2月20日は「友愛数」の日
友愛数は、特別な関係にある異なる“2つの”数字の組み合わせを指す
友愛数の日は、好きなものや人を結びつけて心優しく過ごす日
 
2018年2月20日(火)は、好きなカフェでランチをし、夜にスタジオでドラムを叩き、
関連するものの組み合わせを考える機会が多かった。
 
ひとの好きなものの話を聞くのがすきなので、点を線でつなげていく癖はこれからも大事にしたい。
 

10月24日は「2の10乗の日」

朝起きれば雨。地下鉄の階段を上がれば雨。会社を出れば雨。帰りの電車を降りても雨。
太陽に嫌われているのではなく、雨に好かれているのだ。
 
・・・と書き始めたのは先週の金曜日、20日のこと。
それが台風も去り、すっかり夏の陽気である。
うっかり衣替えをしてタートルネックを着ていた昨日の私は一日中暑かった。
 
さて
本日、10月24日は「2の10乗の日」である。
 
2の10乗とはこうだ。
 
(2の10乗)2^10 = 2×2×2×2×2×2×2×2×2×2 = 1,024
 
いきなり10は飛びすぎなので、10までの道のりも。
(2の1乗)2^1 = 2
(2の2乗)2^2 = 2×2 = 4
(2の3乗)2^3 = 2×2×2 = 8
(2の4乗)2^4 = 2×2×2×2 = 16
(2の5乗)2^5 = 2×2×2×2×2 = 32
(2の6乗)2^6 = 2×2×2×2×2×2 = 64
(2の7乗)2^7 = 2×2×2×2×2×2×2 = 128
(2の8乗)2^8 = 2×2×2×2×2×2×2×2 = 256
(2の9乗)2^9 = 2×2×2×2×2×2×2×2×2 = 512
美しい。

 

「乗」について
「3 × 3をなぜ『3の2乗』と呼ぶのか」について、疑問に思ったことがある。
当時中学生の私に、大学生の塾の先生が、
「3を2回かけるから3の2乗。3の2乗は、3の肩に2が乗っかってるみたいでしょ?だから『乗る』という字を使うんだよ」と教えてくれた。
その人情じみたストーリーがすきで妙に納得してしまった私は、四則演算の中でもとくに乗算に愛着が湧くようになった。
古くは「かける」を意味する中国語「乗」に由来という説(諸説あり)。
 
「累乗」「べき乗」について
先述のような、一つの数同士の乗算(掛け算)によってうまれる数を「累乗数」「冪乗数」と呼ぶ。
「累(るい)」には「次々とつながり重なる」「しきりに」などの意味が、
「冪(べき)」には「覆う、覆うもの」「幕」などの意味があり、略字に「巾」の字が用いられることもあったそう。
 
どちらも一つの数同士を掛け合わせる操作のこと、さらにそれによって生まれる数のことを指す。が、「冪」が常用漢字でないために初等教育では「累」の字が主になったとのこと。
 
一方で、文字式の分野には「降べき順」「昇べき順」などに名残がある。
 
いろんなものを乗せてみる
結局のところ、わたしがやりたいことはこれである。
 
①親子三世代・四世代で
<2の2乗の2乗>

2^(2^2) = 2^4 = 2 × 2 × 2 × 2 = 16

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<2の2乗の2乗の2乗>
2^{2^(2^2)} = 2^16 = (式略) = 65,536
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②4と3と2で
 
<4の3乗の2乗>
4^(3^2) = 4^9 = 4 × 4 ×4 ×4 ×4 ×4 ×4 ×4 ×4 = 262,144
6桁に突入。

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③マイナスの数で
<5の1乗>
5^1 = 5

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<5の-1乗>
5^(-1) = 1/5

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指数(肩に乗ってる小さい方の数)がマイナスになったり分数になったりするのがおもしろい。

その表記法を思いついちゃったとき、幸せだっただろうな。

 
1,024について
半端な数に見える1,024も、コンピューターの2進数の世界では頻繁に用いられる。
距離の1kmは1,000mだけれども、
容量の1KBは1,024B。
このキロ[kilo]は小文字と大文字の表記分けによって意味が変わるそう。
 
ちなみに、距離を表すメートル[m]と、1000分の1を表すミリ[m]が両方小文字なのは、かき分けなくても意味がわかるから。
[mm]ならミリメートル、[mg]ならミリグラムと文脈で判断可能。
 
反対に、100万を表すメガは[M]と大文字で表記される。
この[M]は、1,000,000(10の6乗)と、1,048,576(2の20乗)の両方の意味合いを持つ。
 
いろいろな累乗数
先の「2の10乗(1,024)」や「10の3乗(1,000)」だけでなく、
普段の生活には様々な累乗数が潜んでいる。
 
時計を見たときにどうしても気になるのは「2時43分」と「3時24分」である。
「243」と「324」はそれぞれ「3の5乗」、「18の2乗」である。
 
液体窒素の沸点である-196度の「196」は「14の2乗」である。
ちなみに「13の2乗」は「169」であり、「196」を入れ替えて生まれる。偶然な気がしない。
液体窒素が日常ではないというツッコミは甘んじて受け入れます。
 
あとはカレンダー。
10月のカレンダーを覗くと、
1, 9, 25 や 4, 16 など、なにやら斜線上に累乗数が集まっている。
31の先に32、33、34、...と数字を書き足していくと、 
49も 1, 9, 25 の斜線上に現れた。
 
上記のような小さい共通点を見つけては幸福感を味わう日々。
累乗数は、キリのよい、潔い数字だと思う。
 
10月24日は1,024円ぴったりのランチでも食べたいけれど、なかなか難しそうなので
「2の累乗数を見つけたらいいことがある日」ということにしようと思う。
 
 
まとめ
・10月24日は「2の10乗の日」。
・1,000を表す【キロ】は、小文字[k]か大文字[K]かによって意味が異なる。
・日常の中に累乗数を見つけて気持ちよくなりたい。
 
 
余談
いつだったか、2の累乗数をひたすら作っていくゲームアプリ「2048」で、こんな珍配列を達成しました。

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悩みのタネ|「線対称」と「点対称」

最後の更新から3か月も経っているとは信じがたい。

7-9月、実に第三四半期分である。

 

その間何をしていたかと言えば、千葉から東京へ引越したり、

iPhoneケースをオーダーメイドで制作したり、

左右社の『〆切本』のⅤ章、「人生とは、〆切である」を読みながらけらけら笑いを立てたり、である。

 

最近悩みがある

最近といいつつ長年の、けれど言葉にしたのは最近の、悩みがある。

ここに記してあわよくばアイデアを頂戴しようという作戦である。

以下の画像についてである。

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どちらかを45度回転させれば全く同じ図形であるが、

各辺を延長したときの直線が今このブログを開いているブラウザのウィンドウに水平・垂直なもの(左)と、斜交するもの(右)とを、呼び分けたい。

 

私は両者を呼び分けたい。

 

 

「線対称」と「点対称」

悩みのタネは、「線対称」と「点対称」に由来している、と思う。

それぞれ、私の教育課程では中学初期に現れた。

 

「線対称」・・・

ある線を基準に図形を分けたとき、双方の図形が一致する性質。

鏡像対称ともいう。

 

「点対称」・・・

ある点を基準に図形を回転させたとき、回転前の図形と一致する性質。

注釈がない場合、180度回転を指す場合が多い。

回転対称ともいう。

 

アルファベットでいうと

言葉よりも図で説明するほうが早いことはたくさんある。

ちなみに私は図の手法を好みすぎて言葉での説明が苦手になったタチである。

上記の説明がそれを語っているな・・・

 

アルファベットでいうと、下記の通りである。

※フォントの違いや、Bのように上より下のほうが大きいであろう形には、今だけ目を細めていただきたい。

 

「線対称」

 A B C D E H I K M O T U V W X Y

 

「点対称」

 H I N O S X Z

 

「線対称かつ点対称」

 H I O X

 

「どちらでもない」

 F G J L P Q R

 

整理すると

先の画像での私の悩みは、

前段のアルファベットの例えのうち、

「線対称かつ点対称」のものを

H I O X

と表すか、

エ ー 〇 × (90度回転させた形)

と表すかによって、それぞれを呼び分けたい、という話であると思う。

 

私は両者を呼び分けたい。

 

さて

久しぶりでブログの書き方を忘れたので休憩をはさむことに。

Wikipediaによると、おなじみの形「五芒星」については、

「五芒星」「逆五芒星」のように正式に呼び分けられているらしい。

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五芒星が長さの等しい5本の線分で描かれるのに対し、

その輪郭をたどったような形の「星型正五角形」も、

「星型正五角形」「逆星型正五角形」のように呼び分けられるかもしれない。

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正式な呼び方ではなさそう。

 

「逆」をつけるかつけないかで呼び分けをする、実に明快な図形群だと思う。 

 

話を戻して

そういうわけで、私は両者を呼び分けたい!

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これも

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 これも

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これも!

 

・・・画像を増やしてしまった。

両者の呼び分けにぴったりしっくりくる、一般化されたワードを探し続けたい。

 

第二のタネ

この悩みについて考えるとき必ず併発するのが、

「線対称かつ点対称」を表す言葉はないかという悩み。

私は暫定的に「四分の一対称」と呼んでいるが、

ほんとうは「象限」などの言葉をうまく組み込んで呼びたい。しかし閃かない。

こちらの探求も続ける。

 

まとめ

・今回はなし(まとまっていないので)

 

7月22日は「円周率の日」?

「円周率」について書いてみる。

 

他の多くの数字と異なり、「〜数」ではなく「〜率」という名前で呼ばれる。けれどもれっきとした数である。

小学生の頃にしれっと現れて以来、数学の授業では当たり前に登場するけれど、「3」や「3.14」や「π」などと姿を変える。

おかげで存在自体はよく知っているのに、名前や姿にぴんとこない、いまひとつ形を掴めないでいた。この数について考えてみる。

 

「円周率」とは何か

「『円周率』とは何か?」と聞かれたら、私はこう答える。

円の周りの長さを求めるための数(倍率)

 

「円周」を求めるための倍「率」、だから「円周率」。

わかったような、わからないような。

だから、自分を納得させるために図を書いた。

 

「円周率」の名前の由来

突然だが、正三角形について考える。

正三角形の1辺の長さを3倍にすると、正三角形の周りの長さが出る。

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次に、正方形について考える。

方形の1辺の長さを4倍にすると、正方形の周りの長さが出る。

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最後に、円について考える。

円の直径を3.14倍にすると、円の周りの長さ(=円周)が出る。

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この3.14が円周率である。

つまり、「円の周りの長さを求めるための数」である。

 

そう考えるようにして、やっと納得できるようになった。

これを他のひとに説明する機会はまだない。ちなみに、便宜上3.14として記載したが3.14はあくまでも近似値である。

 

円周率の特徴

円周率には終わりがない。

3.141592…と続き、 出てくる数の順番に規則もない。

これらの性質は「無理数」や「超越数」という言葉で表現され、証明されている。壮大だ。

専門的なことは、専門家にまかせるとしよう。

 

この性質にあやかり、円周率の頭3つの数字から「3月14日を結婚記念日にするひとがいる」と聞いたことがある。永遠の愛を誓うのだと言う。

 

ここで、この記事のタイトルに戻る。

7月22日は「円周率の日」?、とある。

この「7」「22」とは何か。円周率との関係を書きたい。

 

円周率に “近い” 数字

7や22と円周率は、一見、なんの関係もないように見える。

試しに円周率の文字列一覧表を用いて調べると、「722」という文字列が円周率の数列の中に登場するのは3,300桁台の話。以降1万桁までに10回登場するが、それを「関係がある」とは言えないだろう。

 

ところが、「22/7(7分の22)」という数字は、円周率に近い数字として、紀元前2000年頃から円周や面積を求める数として使われてきたようだ。

22/7 = 3.142857(下線部6桁を繰り返す循環小数

 

たしかに近い。

 

古代は「万物を整数と整数の比(=分数)で表現可能」と信じられていたようだから、ここまで近い値があれば広く用いられたことにも納得がいく。

 

ならば私は、7月22日を「円周率近似値の日」としたい。

 

分数で表せる数字は、「無理数」にも「超越数」にもならない。

無理数の反対で、「有理数」と呼ばれる。)

けれども、4000年以上の歴史がある数字には、コンピュータを使って求められた最新の円周率よりも、歴史や、探求の心や、そこに人間がいたという事実を強く感じることができる。

突拍子もないように見える数字を求めようとする姿勢に、感動さえする。

 

「円周率」と「素数を考える

ここまで書いて気付いたことがある。

 

私はこれまで、「素数」を考えるにあたり、素数が「永遠に存在する」「永遠に続く」のように、「永遠」という言葉を使ってきた。

しかし、この記事を書いて、「円周率」や「素数」について考える時に連想される「終わりがない」という特徴には、違いがあると感じている。

素数が永遠に続く」と言う時は、素数と名付けられた数が終わりなく存在する、という意味。対して、

「円周率が永遠に続く」と言う時は、円周率というたった一つの数が終わりなく続く、という意味だ。

 

ということは、

素数は「無限に存在する」

円周率は「永遠に続く」

のように、「終わりがない」という言葉を使い分けたほうがよいかもしれない、と思った。

まだ、自分にとっての答えが見つかったわけではないが、これからも考え続けたい。

 

まとめ

・「円周率」とは「円の周りの長さを求めるための数(倍率)」のこと

・円周率に近い値の「22/7」より、7月22日を「円周率近似値の日」としたい

・「無限」と「永遠」の違いについて考える

 

そして今年の「完全数の日」が終わる

6月28日。今年の「完全数の日」が間も無く終わる。

 

28といえば、今週月曜日に将棋の公式戦連勝首位タイ記録が29に更新された。

喜ばしさと心寂しさを同時に感じて複雑な心境だったが、神谷八段のお話を耳にし、先のざわつきは静かに収束した。

〈神谷広志 八段のお話〉

28という完全数は一番好きな数字ですので、それが1位でなくなることは個人的に少々寂しいのですが、凡人がほぼ運だけで作った記録を天才が実力で抜いたというのは、将棋界にとってとてもいいことだと思います。

http://www.asahi.com/sp/articles/ASK6V7QH0K6VUCVL03L.html より

 

 また、本日の読売新聞一面〈編集手帳〉も、完全数の話を取り上げていた。

いろいろな人が完全数のことを考えていると知り、嬉しい。そういうわけで、塗り替えられた記録にあやかり、28と29の関係について書いてみる。

 

繰り返し訪れる28桁の塊

直接的な関係ではないが、29の逆数である「1/29(29分の1)」は、28桁の循環小数になっている。

循環小数とは、割り算をしても割り切れず、同じ数の塊が無限に循環し続ける数のことだ。
3人で食事に行き、8000円の会計が割り切れずに端数を多く払う(または払わされる)という経験が、誰しもあるだろう。

 

循環小数の例

具体的には、このような数である。

 

・わかりやすいもの

1/3 = 0.33333... = 0.3(循環節は3)
5/6 = 0.83333... = 0.83(循環節は3)
100/11 = 9.090909... = 9.09(循環節は09) 

 

・複雑なもの

1/7 = 0.142857142857... = 0.142857(循環節は142857) 

例が少ないのは私の知識不足に他ならない

 

複雑なものになると、本当に循環しているのか調べるのも大変だ。

中学生の頃のテストで、問題文が「以下の分数を循環小数に直しなさい」と言い、手計算で求めたうち最も長い循環小数が「1/7」だったと思う。

 

確認のためにやってみた。

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こんなこと、循環小数だと言われなければ初めからやっていない。

たった6桁のでもこんなにややこしい気持ちになってしまうのだ。

おっと、こんなところに完全数の6登場。

 

28桁の循環小数

さて、28と29の話に戻ろう。

29分の1は、小数に直すと、こう表せるらしい。

1/29 = 0.0344827586206896551724137931(循環節は28桁)

 

つまり、この下線部28桁を無限に繰り返す、循環小数であるらしい。

1/29 = 0.03448275862068965517241379310344827586206896551724137931034482758620689655172413793103448275862068965517241379310344827586206896551724137931034482758620689655172413793103448275862068965517241379310344827586206896551724137931...

 

ものすごい迫力と何らかの圧力を感じる。

線の疎密がグラデーションのようできれいだ。
 

循環小数の良さ

無限に循環するから終わりがないけれど、循環小数は必ず分数の形(◯÷△)で表すことができる。

 

そこが循環小数の「気持ち良さ」だと思う。

 

ほんの出来心で「1/29」の箱のふたを開けたばっかりに、28の塊が無限に押し寄せて私の呼吸を妨げた。けれど、ひと暴れしたら彼らはきちんと循環節のところで腰をただんでもとの箱へと帰っていく。

循環小数にはそういう素直さがある。循環少数と分数との相互変換が比較的簡易なことからも伺える。そこが良いと思う。

 

完全数の日」に何をしたか

結局、変わったことは何もしていない。

けれど、資料や議事録や電話の不在表に6月28日と今日の日付を書くのが楽しかった。

口実のおかげで「良い日だった」と思いながら眠れるなら、それが一番だ。

 

まとめ

・29の逆数は、28桁の循環小数である

・無限に続く循環小数は、必ず分数の形で表せる

・29は素数でもあり、ほかにさまざまな性質を持っているが、完全数を用いて29の特別性を感じられたのは嬉しい。

 

28日はもうすぐ終わるけれど、6月はもう少し続く。

完全数をたっぷり味わう梅雨にしよう。