声に出さないけど思っていること

1月7日は「巡回数の日」

久しぶりに日付の話。

スラッシュを用いて日付を書くと、
1月は必ず「分子が1の分数」が登場するのがとても興味深い。

本日1月7日は、1/7(7分の1)について書いてみる。

 

そのまえに

実は以前にも、1/7(7分の1)について一瞬触れていた。
「循環少数」について書いたときのこと。以下抜粋。

循環小数とは
・割り算をしても割り切れず、同じ数の塊が無限に循環し続ける数のこと

 

▼循環少数の例

・わかりやすいもの
 1/3 = 0.33333... = 0.3(循環節は3)
 5/6 = 0.83333... = 0.83(循環節は3)
 100/11 = 9.090909... = 9.09(循環節は09)

・複雑なもの
 1/7 = 0.142857142857... = 0.142857(循環節は142857) ←ここ

 

今日話題にしたいのは、この1/7(7分の1)の循環節「142857」についてである。
これまでメインで話題にした数字の中で最も大きい6桁の数である。淡々と書いているが、興奮している。

 

数学のお兄さん

いつも心の中でお世話になっている 横山明日希さん という方が、こんなことを書いていた。
*直接的な交流もオンラインでのやりとりもなく、「歩くマスペディア」的存在として、一方的に、勝手に、心がお世話になっている。

 

 

いつも、“教科書”というよりは“新聞の端の4コマ漫画”のような立ち位置で、日常に軽々と数の世界の面白さをもたらしてくれる、数学のお兄さんならではの視点である。

 

この、「142857」と「9が連なる数」との関係に、私の心は打ちのめされてしまった。
11連休明け初出勤の昼休みに。

 

さて

上記の横山明日希さんの提示に言及するだけの知識を持っていないのだけれども、
「142857」の凄みを強調する特性が他にもあることは、Wikipediaを通して知っていた。

それが、今日書きたい「巡回数」である。

 

巡回数とは

巡回数とは、2倍、3倍、4倍...と乗算したときに、その各桁の数を順序を崩さずに巡回させた数になる整数のことをいう。

 

具体的にはこうである。

142857 × 1 = 142857(142857
142857 × 2 = 285714(285714
142857 × 3 = 428571(428571
142857 × 4 = 571428(571428
142857 × 5 = 714285(714285
142857 × 6 = 857142(857142

 

→「142857」という数字について2倍、3倍...と乗算をすると、それぞれの答えが「142857」を巡回させた数になっている。 

*()は、数の巡回の様子を色の濃淡の違いで図示したもの

 

このように、乗算を繰り返した時、答えが元の数の数字を巡回する数のことである。視覚的にとても美しいと思う。

シャンプーのCMに出てくるような長い髪の女性が、亜麻色のそれをなびかせて振り返り、「きれいでしょう?」と目配せしかねない美しさである。

 

さらに、こう並び変えれば潤いのある髪の毛の艶がより眩しい。

142857 × 1 = 142857(142857
142857 × 5 = 714285(714285
142857 × 4 = 571428(571428
142857 × 6 = 857142(857142
142857 × 2 = 285714(285714
142857 × 3 = 428571(428571

 

ところで、先ほどの画像を思い出していただきたい。
横山明日希さんによると、

142857 × 7 = 999999

である。

すなわち、こうなる。

142857 × 1 = 142857(142857
142857 × 2 = 285714(285714
142857 × 3 = 428571(428571
142857 × 4 = 571428(571428
142857 × 5 = 714285(714285
142857 × 6 = 857142(857142
142857 × 7 = 999999 !?!?!?

 

7を掛けた際の異質さが際立つ。

これは、「1.0 ÷ 7.0」が循環小数(0.142857)になり、
「0.142857 × 7.0」が0.9(=0.999... = 1.0)になることに関連するそうだ。

本当は異質でも異常でもないのだが、あえてそう書いてみた。

 

さらに、さらに面白いことに、
8以降崩れてしまうように思える特性だが、規則的に加工することで巡回は保たれる。

規則:
先頭の数を切り離し、末尾の数(一の位)に加える。

 

142857 ×   8 = 1142856 → 1 + 142856142857
142857 ×   9 = 1285713 → 1 + 285713 → 285714
142857 × 10 = 1428570 → 1 + 428570 → 428571
142857 × 11 = 1571427 → 1 + 571427 → 571428
142857 × 12 = 1714284 → 1 + 714284 → 714285
142857 × 13 = 1857141 → 1 + 857141 → 857142
142857 × 14 = 1999998 → 1 + 999998 → 999999
142857 × 15 = 2142855 → 2 + 142855142857
142857 × 16 = 2285712 → 2 + 285712 → 285714

 

また彼女の美しい髪がなびくのが見える。

 

うつくしいもの

唐突に問いが浮かぶ。美しいものは、異常か、それとも異質か。
そもそもその二択ではないだろうということもわかりつつ。

 

「異常(正常でない、普通でない)」はどちらかというと外面や物理的な存在を、
「異質(性質が異なる)」は内面や抽象的な存在を表している気がする。
そういう点で、美しさについて考えるときは、同時にその「異質さ」について考えているように思う。

この考え方をするようになったのは、人生で初めて同じ映画のために3度劇場に足を運んだ、『言の葉の庭』(2013年)による。

正確にはその翌年に出版された小説版にて、このような文章があった。

 

洒落た制服に身を包んだ雪野はもちろん飛び抜けた美少女(略)だったが、そういう役割のようなものを帯びることで彼女の美しさはようやく落ちつき先を見つけたのだ。「すげえ美人がおるらしいぜ」と家から自転車と汽車とさらにもう一台自転車を乗り継いで通う進学校では噂にはなったが、その美しさは単に異質なだけでありもう異常ではなかった。

言の葉の庭新海誠著 |KADOKAWA/メディアファクトリー|44頁

 

何かについて考えるとき、別の何かに倣って(その筋をたどるように)考えることは、その思考を補助してくれるように思う。

つまり、4年前に出会って何度か読み返し心に留めたこの文章が、今の私の思考を手伝ってくれている。

 

話をもどす

この「巡回数」、英語では「Cyclic Number」と綴られる。
私は「Cyclic」から「循環」を連想するが、恐らく「循環少数」との混同を避けるために「循環」ではなく「巡回」と名付けられたと思われる。

ただし「ダイヤル数」と呼ばれることもあるそうで、こちらのほうが数の性質をイメージしやすいとも思う。

 

2019年1月7日(月)は、眼鏡をどこに置いたか忘れたり、ココアを取りに行ったのに塩を持って戻ったり、本を開いたのにラジオに聞き入ったり、どこかぐるぐるとした一日だった。

けれども、それが巡回数の日に起こったことならば、面白がれる。

 

まとめ

・1月7日は「巡回数の日」

・「142857」は「巡回数」で、乗算すると各位の桁が順序を崩さずに巡回する

・上手くいかないことも解釈を変えて面白が(れ)る(と思うことにする)日

 

昭和最後の日でもあるこの日、巡る時間や時代にも心を傾ける。

 

 

12月にいろいろな「12」を思う

昨年書こうとして書ききれなかった〈12〉について、書いてみる。

ちょうど一年前、初めて自分の作品を展示するきっかけとなったのがこの〈12〉だ。
展示会期中にこの記事を書き上げる想定だったものの、
思い入れというか思い込みというかが強すぎたために更新できなかった。

けれどもとても大切な数字で、タイミングよりも残すことのほうが大事と、一年越しに書き始めた。

 

これまで書いた中で最も長い文章になったため、目次をつけてみる。

 

① 日常にある12

生活の中で身近に感じられる12について考えてみる。

たとえば、時計の文字盤
たとえば、一年の月の数
たとえば、十二星座
たとえば、十二支
たとえば、1ダースのチョコレート
たとえば、平均律での1オクターブの音の数 

身近なところに12があるのは、ただの偶然ではなく、
その数の特性によって生活に根ざしたところがあるはず。

ただ、この投稿でそれらを探求・解明していこうというのではない。
書くことによって思考を整理し、伝えたいことを感じ取ってもらう、委ねまくりの3900字。

 

② 数の数え方としての12

古代、ものを数える際に、10本の手指を折り曲げて数える十進法(現代の方法)のほか、人差し指から小指までの12個の節を親指で数える十二進法の考え方があったそう。

英語やドイツ語などゲルマン語派の数詞は、10から19までの数のうち11,12と13以降とで構成が異なり、それを十二進法の影響とする説がある。

 

  英語 ドイツ語 スウェーデン
10 ten zehn tio
11 eleven elf elva
12 twelve zwölf tolv
13 thirteen dreizehn tretton
14 fourteen vierzehn fjorton

出典|Wikipedia

 

③ 一音節で一番大きな数の12

上記に関連して言えるのが、音節についてである。
英語を用いて数詞の音節を表記すると、以下の通りだ。

 

  一音節*   一音節   二音節
1 one 7 seven 13 thir•teen
2 two 8 eight 14 four•teen
3 three 9 nine 15 fif•teen
4 four 10 ten 20 twen•ty
5 five 11 eleven 100 hun•dred
6 six 12 twelve 1000 thou•sand

*「音節」とは、音声の聞こえのまとまりに合わせて一つの単語を区切る単位のこと

 

上記より、一音節で一番大きな数は12となる。
この音節単位の考え方を、私はしたことがなかったのだが、あるときテレビ「スーパープレゼンテーション」でTEDに登壇していたJoe Smith氏の「紙タオルの正しい使い方」という回を見たおかげでこのことを知った。

 

濡れた手を紙タオルで拭く前に、手を振って水分を飛ばすことで紙タオル1枚で十分拭き取れるという主張のもと、これから実践をしてみるという文脈で、

Smith 氏

「手を濡らします」
「振ります」
「1, 2, 3, ..., 11, 12」
「なぜ12回かって?」
「キリストの使途 イスラエルの支族」
「月も 星座も 12個あって 私がこの数字を気に入っているからです」
「1音節で最も大きな数ですしね」(It's the biggest number with one syllable.)

 

出典|ジョー・スミス「紙タオルの正しい使い方」 | TED Talk (動画:4分25秒)

 

というのが彼の12に対する心である。

彼のおかげで、なにかをすきな理由は自分の中にだけあればそれでよいのだと思えた。

この映像の観客が、同じ理由で12を好きにならなかったとしても、彼が12を好きであることは感じられるだろう。それでよいのだろう。

 

④ 約数が多い12

九九の表を見てみる。

この表の中で同じ数が4回登場するのは、12のほかには18と24がある。

1 2 3 4 5 6 7 8 9
2 4 6 8 10 12 14 16 18
3 6 9 12 15 18 21 24 27
4 8 12 16 20 24 28 32 36
5 10 15 20 25 30 35 40 45
6 12 18 24 30 36 42 48 54
7 14 21 28 35 42 49 56 63
8 16 24 32 40 48 56 64 72
9 18 27 36 45 54 63 72 81

色付き箇所が反比例の線を思わせて美しい

 

これら3つの数は「過剰数」と呼ぶことができる。
過剰数とは、簡単にいうと、約数がたくさんある数。
ややこしくいうと、約数の和がその数より大きくなる数のこと。

 

12の約数:1, 2, 3, 4, 6, 12

12を除いた約数の和:1 + 2 + 3 + 4 + 6 = 16 ←12より大きいので過剰数 

*18, 24も同様

 

約数が多いということは、たとえば分配の際に都合がいい。

1ダースのチョコを2人、3人、4人、6人で等分することができる。

ギフト用のお菓子の詰め合わせも、12個、24個、36個と12の倍数が用いられるのを良く目にするのは同じ理由だろう。

 

⑤ 約数の個数と和が特別な12

先述の12の約数には、まだ性質がある。
それは、「約数の個数」も「約数の和」も完全数になるというもの。

完全数の詳細は過去の記事へ。

 

「12」

12の約数の個数:1, 2, 3, 4, 6, 12 →6

12を含む約数の和:1 + 2 + 3 + 4 + 6 +12 = 28

 

このような数を、「サブライム数」と呼ぶそう。

12の次にこの性質を持つのは76桁の数字で、現在知られているのはこの2つの数のみとのこと。

 

「6086555670238378989670371734243169622657830773351885970528324860512791691264」(76桁)

約数の個数:8128

約数の和:(2^127-1)×2^126 で表せる数(元の数よりもかなり大きい)

 
膨大だ。

膨大すぎて手に負えないのだけれど、だからこそ12の特別性として紹介したかった。

ちなみに"sublime"は、「荘厳な」「崇高な」「雄大な」という意味を表す英単語で、完全数同様、無数に存在するかどうかは知られていない。

 

⑥ 3と4から生まれる12

最後の項目である。
ご存知の通り、3と4を乗算すると12となる。

3 x 4 = 12

 
では、三角形と四角形から十二角形を作ることができると知っている方は、どれほどいるだろう。

ある日、罫線の変わりにドットが等間隔で施された手帳の上でドットを線で結び遊んでいた。三角と四角とを規則的に並べると、円のような図形が構成されたことに気づいた。

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2017年8月20日の日記より

 

「時計」という大発明の恩恵を受けておきながら、私はそれまで十二角形について考えたことはほとんどなかった。

「ほとんど」というのは、高校3年の頃、唯一解くことができた東大過去問『円周率が3.05より大きいことを証明せよ(2003年)』のために用いたのが、正十二角形であった。ほんとうは正八角形を使えば解けるのに、ずいぶんと遠回りをしたなと思いつつ、自力で解くことができたのはほんとうに嬉しかった。

 

なんだか脚注が長くなってきた。

 

正十二角形についての印象は、ほとんど円のようで、1つの角も大きく(150度)鈍角に開き、とっつきにくい印象があったのだ。

その、複雑そうに見える図形が、ラクガキから生まれた偶然の産物によって、シンプルな三角形(正三角形)と四角形(正方形)という図形のみの構成と分かり、歓喜した。

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手書きのスケッチをベースに線画データ作成

 

複雑に見えるものが、実はシンプルなものの組み合わせであった。
分けるは分かる」という信念が結ばれた気がした。
その気付きが嬉しく、さらに多くの構造を考えることになる。

 

⑦ 私についての12

先のようにして、十二角形に魅力を感じた私はそれを軸にスケッチを始めた。
ところで、私が描くこれらの十二角形は、正十二角形ではない。

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正十二角形とは、「すべての辺の長さ」と「すべての角度の大きさ」がそれぞれ等しい十二角形のこと。

私のスケッチの中の十二角形は、辺の長さも、角の大きさも異なる。

なぜこの変形十二角形を用いるかというと、内部を図形で敷き詰める際に三角形1種類と正方形を2種類とを使うことになる。

これにより図形そのものにリズムが生まれ、〈タテ〉〈ヨコ〉と向きを変えることでさらに表現のバリエーションが増えると考えた。

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上記を経て、数種類の構造を元に制作を始めたのが去年の10月。

今月はホームページやFacebookページを作り、情報を発信し(たいと強く思っ)ているので、よかったらご覧ください。

ホームページ 

Facebookページ 

 

12月のうちに書きたいと思っていたけれど、「せっかくなら完全数の28日に!」と思い至り、更新が間に合ってよかった。

 

まとめ(および抱負)

・7つの視点から12について書いた。

・自分のすきなものを相手にもすきになってもらう必要はないけれど、なぜすきかは伝えられるようにしたい。

・2019年は思考と発表の年にしたい(展示会2件+αにて)。

このフワッとした抱負でよいのか私、と問い、よい、と返ってきたのでよしとする。

 

次回の展示会

Dimension 2019(HPへ遷移します)

会期|2019. 03. 11 [月] - 03. 16 [土]
時間|12:30 - 19:30 *最終日は17:00まで
入場|無料
会場|Gallery ART POINT
住所|東京都中央区銀座 1-22-12 藤和銀座一丁目ビル 6F
*「新富町駅」「銀座一丁目駅」「東銀座駅」「銀座駅」より徒歩数分

 

悩みのタネ〈解決編〉|線対称と点対称

以前、こういう記事を書いた。

>一緒に悩んでくれる方はこちら(↑)から、
問いと答えを一気にという方はこのまま以下(↓)へ。

 
読み返すとあまりまとまっておらず、
まあ悩んでいるので仕方が無いとも思いつつ、
悩みの概要は以下の2点である。
①このような図形を呼び分ける名称はあるか
②「線対称かつ点対称な図形」を表す名称はあるか

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結論
この時点での私の結論は、こうである。
①このような図形を呼び分ける名称はあるか
⇒「ある」と言えそう。
 
②「線対称かつ点対称な図形」を表す名称はあるか  
⇒結論としては「ない」のだが、代わりに新しい名称を知った。
 
まず
まず②について書いてみる。
そもそも「線対称」とは、ある直線を軸に図形を反転させたとき、ぴたりと重なる図形をいい、
また「点対称」とは、ある点を中心に図形を180度回転させたとき、ぴたりと重なる図形をいう。
 
「線対称かつ点対称な図形」には以下のいずれも該当するのだが、
各図形の個性をより厳密に表せる名称を知りたかった。

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別称が存在
解決の鍵は「点対称」のほうにあった。
「点対称」の別称で「二回対称」という呼び方があることがわかった。
180度回転を2回繰り返したら図形がもとの位置に戻ってくるからだろう。

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ならば、図形を90度ずつ回転させて毎回重なるとき、
その図形は「4回」でもとの位置に戻るので「四回対称」と呼ぶことができる。
  
さらに、図形を60度ずつ回転させて毎回重なるとき、
その図形は「六回対称」と呼ぶことができる。

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「線対称かつ点対称な図形」を表す名称は見つからなかったものの、
「線対称かつ四回対称」「線対称かつ六回対称」などと呼ぶことで図形の個性をより詳しく表すことはできそう。
 
一つの問いからさまざまな条件に対応する答えを得ることができ、私は嬉しい。
 
もう一つの悩みのタネ
さて、悩みはもう一つあった。
このような図形を呼び分ける名称はあるか 、という問い。

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実は、すでに記事の中で触れていた。
Wikipediaによると、おなじみの形「五芒星」については、
「五芒星」「逆五芒星」のように正式に呼び分けられているらしい。
五芒星が長さの等しい5本の線分で描かれるのに対し、
その輪郭をたどったような形の「星型正五角形」も、
「星型正五角形」「逆星型正五角形」のように呼び分けられるかもしれない。
 
「逆」をつけるかつけないかで呼び分けをする、実に明快な図形群だと思う。
答えのほど近くにいながらそれに気がつけなかったらしい。 
 
「逆」という考え
考えてみれば、「三角形」も頂点の一つが下に向いている形のものを「逆三角形」と呼んだりする。
奇数角形であれば頂点の向かいは辺になり「逆」のイメージがつきやすい反面、
偶数角形であれば頂点の向かいが頂点になり、イメージできなかった。
 
正式名称かどうかはさておき、
図形の下方が水平線の場合は通常の名称、
図形の下方が角の場合は頭に「逆」を加えた名称で呼びたいと思う。

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「分ける」は「分かる」
以上、この悩みは収束。
悩みのタネのほうを書いたときは解決編をかけるとは思わなかったので嬉しい。
まだ「逆六角形」と呼ぶには違和感があるけれども、俗称であるーーというか私が私に説明するときにしか使えないーーのでよしとしよう。
 
分からないことがあるとき、
「自分が分かっていないことは何か」と
「その分かっていないことをカテゴリわけできるか」について考えると、
頭が整頓され解決までの道のりが早いことに気づく。
これを大学生のころ父に話すと、
「『分ける』は『分かる』だよね」と返事をもらった。
ああ確かにそうであるなあと納得し、分からないことがあるときはこれを思い出し整頓するようにしている。
 
次は何について考えよう。
 
まとめ
・「点対称」な図形を「四回対称」「六回対称」などより詳細に呼び分けることができる。
・四角(□)と四角(◇)のように相似形だが描写のことなる図形を「四角形」「逆四角形」などとして区別してみる(ことにする)。
 
 
 

オセローのロゴタイプにたいそう魅了された話

ほぼ毎日通る駅に、異彩を放つポスターがある。

見かけるようになってからひと月ほど経とうとしているのに全然飽きない、それどころか毎回見つめてしまう。

新橋演舞場で公開中の「オセロー」のポスターである。 

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出典|https://www.shochiku.co.jp/play/schedules/detail/2018_othello/

 

最初に目に入ったのは、褐色の肌のおそらくオセローと思われる男でも、檀れいさんの美貌でも、役者陣の顔や名前でも、ましてや音楽:松任谷正隆の部分でもなく、

左下、「オセロー / Othello」のロゴタイプだった。

鎖のように連なるカタカナとアルファベットが、不穏な空気を放っている。

ビジュアルとこのロゴタイプとがお互いをより妖しく、魅惑的にしていると感じてしまう。

 

もうずっと目が離せなくなって、毎朝駅で見かけるだけでは飽き足らず、松竹さんのサイトに訪れ他のバージョンのビジュアルなど調べ始める。

すると、あろうことか、横組みのロゴタイプが現れた。

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出典|https://www.shochiku.co.jp/play/schedules/detail/2018_othello/

 

これまた目の離せぬ、息を飲む組み合わせである。

こういう組み合わせや構造をなんと表すかと考えて、「タイポグラフィ」でも「文字組み」でもなく「アーキテクチャ」というのが一番しっくりきた。

 

で、自分の中でふつふつと煮えくり返って蒸発しそうなこの美しさをいかにかして蒸発させずに味わい堪能するかを考えて、自分で作ってみるに至った。

百聞は一見にしかずである。

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手を動かす

実際に手を動かして、まず、見ているだけのときよりも興奮が増幅した。

以下、私がこのロゴを愛でるだけのセクション。

 

01|フォント(カタカナ)

同じフォントを持っていなかったため「似ている」フォントを探すところから。

私が使ったカタカナは、小塚明朝B

小塚明朝Bについて気付いたこと:

・小さい文字や長い文章には向かないけれど、ロゴとしては強い存在感を持っている

・自分自身がB(=Bold、太字)をあまり使わない(おそらく、前述の強い存在感を扱う術を自分持っていないと感じている)

 

02|フォント(アルファベット)

私が使ったアルファベットは、Charter Roman

こちらも同じフォントを持っておらず、

オリジナルロゴはもう少し太いとわかるものの、

太さがちょうどよいフォントはタイプフェイス(書体、文字の形)が違っていた。

フォントリストを何往復も見て、このCharterに落ち着いた。

Charter Romanについて気付いたこと:

・起筆が角ばっている

・文字のコントラストが低い(=太いところと細いところの差が小さい)これがオリジナルロゴと大きく違う点

・垂直線を意識している?(「t」の1画目や「e」の水平線から曲線に変わる角の部分の直線部分の長さが気になる)

 

03|文字間

・オリジナルロゴのカタカナは、太字の存在感に加え、文字同士の間の距離が極端にツメてある。

 これが、ロゴの圧迫感や威圧感を強めているように思う。

・対してアルファベットは、たっぷりとした曲線やセリフの形に優雅さを感じる反面、

 垂直線の太さと水平線の細さの差に芯の強さと繊細さの二面性を感じた。

・さながら、カタカナの「強い存在感」「圧迫感」「威圧感」がオセロー自身を、

 アルファベットの「優雅さ」「芯の強さ」「繊細さ」が檀れいさん扮する女性を思わせる。

ちなみにオセローの物語はあらすじさえも知りませんが、お許しを。。

 

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文章と画像が遠くなってきたので再度添付。既出画像と同じもの。

 

04|カタカナとアルファベットのアーキテクチャ

・タテ組は、カタカナがアルファベットより15%ほど大きい。

・ヨコ組は、同じ大きさに見えるようカタカナがアルファベットよりもほんの少し小さく調整されている。

・長音記号「ー」は、タテヨコともにかなり長めに手が加えられている様子(もしくはそういうフォントを用いたか)。

・その長音記号に絡まる小文字「o」が、絶妙。

・いや、小文字「o」を長音記号「ー」が貫いていると表現する方が正確かもしれない。

・タテ組で、カタカナ「オ」と小文字「t」、カタカナ「ロ」と2つめの小文字「l」が線を共有しているのがけなげ。

・ヨコ組で、「オ と O」、「セ と th」、「ロ と l」の同じ音同士がお互いを共有しているのがたまらない。

 制作者の方がこの表現にゆきついたとき、さぞ口元の緩んだことだろうと察する。

 (調べたものの、どなたが手がけていらっしゃるものかは不明)

・小文字「e」のカタカナへの絡まり方はタテヨコともにクール。

 起筆の細い水平線をロゴの手前に持ってくることで背景のカタカナを邪魔しないまま存在している。

 

さいごに

一番残したかったのは、03にて記載した、カタカナがオセローの強さを、アルファベットが女性の美しさを表しているのではということ。

両者(カタカナとアルファベット)の「知恵の輪」のような構造が、人物個々人や人間関係の複雑さを示していると思う。

そういう目でこの記事の1枚目に載せたメインビジュアルと思われるポスターを見返すと、

真白の女性の後ろに褐色の男性が重なり、その後ろで黒服の男性が赤色の糸を構えているという構図。

冒頭に書いた通り、ビジュアルとこのロゴタイプとがお互いをより妖しく、魅惑的にしていると感じてしまう。

今は褐色の男性の背面にある赤い糸が、前面に現れるのだろうか。

 

ちなみに、「Othello」公開は本日2018926日まで。

終わるということは、始まるということ。

次の演目のポスターも楽しみである。

 

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6月30日に考える「因数分解」のこと

本日6月30日、私にとっては上半期最終日である。
かみはんき【上半期】
一年を二期に分けた場合の前半の六か月。上期。

 

学生時代、私の上半期は4-9月だった。
会社員になり、会社の会計年度が12月なので私の上半期は1-6月になった。
 
今日はその6月30日が持つイメージについて書いてみる。
この記事に登場する日付
2月10日
4月20日
5月10日
6月30日
 
さて
本題に入る前に少し寄り道をしたい。
もしかしたら私はこの話をしたかっただけかもしれない。
 
大学4年で就活をしていた時のこと。
とある会社の面接にて、当時やっていた学習塾のアルバイトに対してこういう問いかけをいただいた。
 
「そのアルバイトをして、あなたが先ほどおっしゃった“生徒さんと喜びを分かち合う瞬間”というのは具体的にどのようなものですか」 

 

それほど掘り下げてもらえると思っていなかった私は、一瞬ためらい、
「少し長くなるかもしれませんが」と前置きの上答えた。
 
数学を教えている時のことです。
相手は高校一年生で、教えていたのは「因数分解」の章でした。
ちょうど「展開」を学習し終えたばかりだった彼は、ふいにペンを置き私に問います。
『ねえ、この間せっかく式を「展開」してカッコから救出したのに、どうしてまたカッコで閉じこめちゃうの』
私は驚いて彼を見つめ、同じくペンを置いて考え始めました。
その時の私の説明はこうでした。
 
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たとえば、10という数字を考えよう。
足し算だと、
「5+5」とも、
「1+2+3+4」とも、
「1+1+1+1+1+1+1+1+1+1」とも書ける。
負の数もあるから、書き方は無限にあるよね。
でも、掛け算だと、
「2×5」
「(-2)×(-5)」
これだけ。2通りだけで表せる。
だからきっと、数の世界を理解しようとするとき、足し算じゃなくて掛け算で考えることが、数が与えてくれた通り道なんじゃないかな。
この間まで一緒にやった「展開」は、なんだかよく分からないものを足し算の形に直して、要素を見つけてあげる作業。
でも、中身がわかったら、数が一番美しく見える形、掛け算の形に戻してあげる。
その時の方法が「因数分解ということ、だと思う。
 
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手を顎に当てたりこちらを覗き見たりしながら私の長い話を聞いていてくれた彼は、私が話し終わるなり、
「ああ、なるほど、まだ感覚だけど、そうなんだ。掛け算ってきれいなんだ。うん、なんかわかったかも。」
と言って明るい表情になりました。
そのときほど生徒と心を通わせた実感を持てたことはありません。
この体験が、物事を深く考えることと、それを伝わるまで伝えるのとの良さを、私に教えてくれました。

 

私の「癖」
いつからか、街中で数字を見つけると「素因数分解をするのが私の癖になった。
それは、どんな数でも割り切れない「素数に美しさを感じるからであり、
何かで割り切れる数を見つけるとその数たち同士が家族であるような親密さを感じるからでもある。
 
先のアルバイトの体験が、
・何か複雑に見えるものをカッコの檻から出してあげて、シンプルになったひとつひとつをよく見る
・そうして中身がわかったら、カッコの部屋に戻してあげる
そういうことを私に根付かせたのだと思う。
 
ナンバープレートと素因数分解
ここからが上半期最終日に考えた話である。
街中で、ナンバープレートが「210」の車を見つけたとする。
私の頭の中で以下のような式が浮かぶ。
210 = 2×3×5×7
 
何気ない数字が、最初の4つの素数の掛け算で表せることに気付く。
数字を日付に変換するのがすきな私は、したがって2月10日が特別な日付に思えてくる。伯父の誕生日である。
 
つぎに、この210を2倍にしてみる。
420 = 210×2 
 
4月20日素数との親密さを帯びてくる。友人の誕生日である。
 
つぎに、210を3倍にしてみる。
630 = 210×3
 
6月30日も素数との親密さを帯びてくる。上半期最終日、本日である。 
 
210と、420、そこから連想される2月10日、4月20日を節目として、
6月30日が上半期を美しい素数の積のチェーンで結びあげてくれることになった。
 
私にとって6月30日は、そういう日である。
 
発展させる
先ほど、1つ目から4つ目までの素数を掛け算した。
もっと掛けてみるとどうなるだろうという好奇心に駆られる。
 
2×3×5×7 = 210
2×3×5×7×11 = 2,310
2×3×5×7×11×13 = 30,030
2×3×5×7×11×13×17 = 510,510(※)
2×3×5×7×11×13×17×19 = 9,699,690
 
4行目の(※)で示した数字も、例によって5月10日と関連付けてしまう。
けれども先の3つの日付とは違い、もっと大きな強さやエネルギーを感じる。
なんせ510ではなく51万510である。
 
まとめ
・ある数や式の中身や要素を理解したい時は足し算の、その数や式を書き表す時は掛け算の形で書き表す。
・同様に、何か複雑に思えることを理解したい時は要素を分解して足しあわせ、それがわかったら共通部分をまとめて掛けあわせ、元の形に戻してあげる。
・2月10日、4月20日6月30日は4つの素数の掛け算で結ばれた節目の数。本日、その最終日。
 
 
想定外の梅雨明け宣言。
7月は夏休みをいただいてドイツへゆく。
帰ってきたら、その経験もストックしたいと思う。
 

2月20日の「友愛数の日」に考えたこと

前回の更新から、季節が変わり、年が変わり、大雪が降り、日が延びた。

今日は、私が数字好きを自認できるきっかけとなった数、「友愛数」について書いてみようと思う。
毎度のことながら語調や文体を忘れている。
 

出会いは本

多くの人が読んだこと、もしくは聞いたことがあるであろう「博士の愛した数式」を私が読んだのは初版刊行から10年ほど経った大学2年(2013年)のこと。
良いと聞いていたものの天邪鬼精神が発動し、「自分がなんとなく好きを感じている数字が、この本を読むことによって覆されたらやだな」とやんわり思っていた。
けれども、そんなことはなかった。
博士と、家政婦と、その息子を通して、数の壮大な世界が日々の生活の中にすとんと腰をおろす、読みやすく優しい物語だった。
 
その中で、家政婦の生年月日と博士の腕時計の文字盤裏の番号が友愛数の関係にある。
 

友愛数との対面

数の世界の多くは、1つの数字をさして「○○数」と名付けられているが、
友愛数は特別な関係を持った“2つの”数字をあわせてこう呼ぶ。
 
その関係を話す前に、一番小さな友愛数を挙げる。

220 と 284

「一番小さくて3桁?」と思うかもしれない。私は思った。
この2つの数にどんな関係があるというのだろう。
 

友愛数とは

友愛数の約束ごとは、片方の数の約数の合計が、もう片方の数とぴったり一致するというもの。
実際に約数を書き出し、足してみる。

220の約数:1, 2, 4, 5, 10, 11, 20, 22, 44, 55, 110, 220
220以外を全て足すと、1+2+4+5+10+11+20+22+44+55+110 =「284」
 
284の約数:1,2 ,4, 71, 142, 284
284以外を全て足すと、1+2+4+71+142 =「220」

つまり、
220の約数の和が「284」、
284の約数の和が「220」と、
お互いがお互いに密接にかかわっているということなのだ。
 
おそらく、すこしわかりにくいかもしれない。
けれど、そのこと自体が友愛という名前にあっているように感じる。
 
自らと何かを関連付けるとき、その共通部分を探してほっと嬉しくなるような経験は誰しも密かに持っていることと思う。
秩序ある数字の世界にも、特別な性質があって(そう人間が思いたいだけで数はただそこにあるだけだが)、なんだかたいへん嬉しかった。
 

博士の言葉

前述の著作に登場する博士は、「友愛数」のことをこのように表現している。

見てご覧、この素晴らしいひと続きの数字の連なりを。220の約数の和は284。284の約数の和は220。友愛数だ。滅多に存在しない組合せだよ。フェルマーだってデカルトだって、一組ずつしか見つけられなかった。
 
神の計らいを受けた絆で結ばれ合った数字なんだ。美しいと思わないかい?君の誕生日と、僕の手首に刻まれた数字が、これほど見事なチェーンでつながりあっているなんて。

博士の愛した数式小川洋子著 |新潮文庫|32頁

 

友愛数」と関わりの深い数

数の性質を話すにあたり「約数」と「約数の和」が出てくるのはやや複雑なイメージがある。
けれど、この方法で名前がつけられた数は他にもあり、そのひとつが「完全数」である。
こちらは、約数の和が自分自身とぴったり同じになるという性質だ。
 
以前こちらに記事を書いたので、お時間のゆるす方はぜひ。

6月28日は「完全数の日」
そして今年の「完全数の日」が終わる

書いてからもうすぐ1年になるのだな。

 

実のところ

2月20日は私の父親の誕生日なのである。
今年は父母と3人でイタリアンを食べに行った。
 
いつか、2月20日(220)の日に、「284」に関わるものをプレゼントしたいと思いつつも、なかなかひらめかない。思ってから5年も経ってしまっている。
・284円のもの?(珈琲1杯もごちそうできないのでは)
・ロウソク284本?(ケーキ燃えちゃう)
・製造番号が284の時計?(父は母がプレゼントした時計を長年使っている。愛にはかてない)
 
もしも2月84日があったら、私は勝手に運命を感じてしまっていただろう。
2月1日を1日目として計算したら、4月25日が84日目にあたるようだった。
 
けれど、サプライズで登場したデザートプレート(苺のシャーベット、ガトーショコラ、あずきのチーズケーキ)とHappy birthdayが流れ続けるオルゴールに、想像以上にはしゃいでいたからよかった。
 
話を戻そう。
 

友愛数の日」に考えたこと

毎年そうだが、この日は何かペアのものが特別に思える。
すれ違うカップルや親子だけではない。
 
朝、歯ブラシと歯磨き粉。眼鏡ケースと眼鏡。赤信号と交差点に溜まる人。
昼、食後のコーヒーカップとソーサー。公園とベンチ。
夜、銀座の蔦谷書店とスタバラテ。ドラムスティックとスネア。
 
好きなものを線で結ぶ感覚は、とても心地よい。
すでに線で結ばれているものを発見する感覚も。
それが少々強引であっても、自分を幸せにしてしまおう。
 

まとめ

・2月20日は「友愛数」の日
友愛数は、特別な関係にある異なる“2つの”数字の組み合わせを指す
友愛数の日は、好きなものや人を結びつけて心優しく過ごす日
 
2018年2月20日(火)は、好きなカフェでランチをし、夜にスタジオでドラムを叩き、
関連するものの組み合わせを考える機会が多かった。
 
ひとの好きなものの話を聞くのがすきなので、点を線でつなげていく癖はこれからも大事にしたい。
 

10月24日は「2の10乗の日」

朝起きれば雨。地下鉄の階段を上がれば雨。会社を出れば雨。帰りの電車を降りても雨。
太陽に嫌われているのではなく、雨に好かれているのだ。
 
・・・と書き始めたのは先週の金曜日、20日のこと。
それが台風も去り、すっかり夏の陽気である。
うっかり衣替えをしてタートルネックを着ていた昨日の私は一日中暑かった。
 
さて
本日、10月24日は「2の10乗の日」である。
 
2の10乗とはこうだ。
 
(2の10乗)2^10 = 2×2×2×2×2×2×2×2×2×2 = 1,024
 
いきなり10は飛びすぎなので、10までの道のりも。
(2の1乗)2^1 = 2
(2の2乗)2^2 = 2×2 = 4
(2の3乗)2^3 = 2×2×2 = 8
(2の4乗)2^4 = 2×2×2×2 = 16
(2の5乗)2^5 = 2×2×2×2×2 = 32
(2の6乗)2^6 = 2×2×2×2×2×2 = 64
(2の7乗)2^7 = 2×2×2×2×2×2×2 = 128
(2の8乗)2^8 = 2×2×2×2×2×2×2×2 = 256
(2の9乗)2^9 = 2×2×2×2×2×2×2×2×2 = 512
美しい。

 

「乗」について
「3 × 3をなぜ『3の2乗』と呼ぶのか」について、疑問に思ったことがある。
当時中学生の私に、大学生の塾の先生が、
「3を2回かけるから3の2乗。3の2乗は、3の肩に2が乗っかってるみたいでしょ?だから『乗る』という字を使うんだよ」と教えてくれた。
その人情じみたストーリーがすきで妙に納得してしまった私は、四則演算の中でもとくに乗算に愛着が湧くようになった。
古くは「かける」を意味する中国語「乗」に由来という説(諸説あり)。
 
「累乗」「べき乗」について
先述のような、一つの数同士の乗算(掛け算)によってうまれる数を「累乗数」「冪乗数」と呼ぶ。
「累(るい)」には「次々とつながり重なる」「しきりに」などの意味が、
「冪(べき)」には「覆う、覆うもの」「幕」などの意味があり、略字に「巾」の字が用いられることもあったそう。
 
どちらも一つの数同士を掛け合わせる操作のこと、さらにそれによって生まれる数のことを指す。が、「冪」が常用漢字でないために初等教育では「累」の字が主になったとのこと。
 
一方で、文字式の分野には「降べき順」「昇べき順」などに名残がある。
 
いろんなものを乗せてみる
結局のところ、わたしがやりたいことはこれである。
 
①親子三世代・四世代で
<2の2乗の2乗>

2^(2^2) = 2^4 = 2 × 2 × 2 × 2 = 16

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<2の2乗の2乗の2乗>
2^{2^(2^2)} = 2^16 = (式略) = 65,536
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②4と3と2で
 
<4の3乗の2乗>
4^(3^2) = 4^9 = 4 × 4 ×4 ×4 ×4 ×4 ×4 ×4 ×4 = 262,144
6桁に突入。

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③マイナスの数で
<5の1乗>
5^1 = 5

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<5の-1乗>
5^(-1) = 1/5

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指数(肩に乗ってる小さい方の数)がマイナスになったり分数になったりするのがおもしろい。

その表記法を思いついちゃったとき、幸せだっただろうな。

 
1,024について
半端な数に見える1,024も、コンピューターの2進数の世界では頻繁に用いられる。
距離の1kmは1,000mだけれども、
容量の1KBは1,024B。
このキロ[kilo]は小文字と大文字の表記分けによって意味が変わるそう。
 
ちなみに、距離を表すメートル[m]と、1000分の1を表すミリ[m]が両方小文字なのは、かき分けなくても意味がわかるから。
[mm]ならミリメートル、[mg]ならミリグラムと文脈で判断可能。
 
反対に、100万を表すメガは[M]と大文字で表記される。
この[M]は、1,000,000(10の6乗)と、1,048,576(2の20乗)の両方の意味合いを持つ。
 
いろいろな累乗数
先の「2の10乗(1,024)」や「10の3乗(1,000)」だけでなく、
普段の生活には様々な累乗数が潜んでいる。
 
時計を見たときにどうしても気になるのは「2時43分」と「3時24分」である。
「243」と「324」はそれぞれ「3の5乗」、「18の2乗」である。
 
液体窒素の沸点である-196度の「196」は「14の2乗」である。
ちなみに「13の2乗」は「169」であり、「196」を入れ替えて生まれる。偶然な気がしない。
液体窒素が日常ではないというツッコミは甘んじて受け入れます。
 
あとはカレンダー。
10月のカレンダーを覗くと、
1, 9, 25 や 4, 16 など、なにやら斜線上に累乗数が集まっている。
31の先に32、33、34、...と数字を書き足していくと、 
49も 1, 9, 25 の斜線上に現れた。
 
上記のような小さい共通点を見つけては幸福感を味わう日々。
累乗数は、キリのよい、潔い数字だと思う。
 
10月24日は1,024円ぴったりのランチでも食べたいけれど、なかなか難しそうなので
「2の累乗数を見つけたらいいことがある日」ということにしようと思う。
 
 
まとめ
・10月24日は「2の10乗の日」。
・1,000を表す【キロ】は、小文字[k]か大文字[K]かによって意味が異なる。
・日常の中に累乗数を見つけて気持ちよくなりたい。
 
 
余談
いつだったか、2の累乗数をひたすら作っていくゲームアプリ「2048」で、こんな珍配列を達成しました。

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